葛飾北斎(かつしかほくさい 1760年10月31日?‐1849年5月10日)
浮世絵師。
貧しい百姓の子として生まれる。
その後、19歳で勝川春郎(しゅんろう)を名乗り役者絵を、35歳で俵屋宗理を名乗り狂歌絵本を、
47歳で葛飾北斎と名乗り滝沢馬琴の小説の挿絵を、51歳で戴斗(たいと)と名乗り絵の教科書『北斎漫画』を描き、
名前を変える度に作風と活躍の場を変えた。
その他にも、為一(いいつ)、画狂老人、可候(かこう)、辰政、叢(くさむら)春朗、群馬亭(ぐんばてい)、
九々蜃(くくしん)、卍など生涯30回以上も改名・改号し、生涯現役を貫いた。
また、多い時には1日に3回引っ越しをするほどの“引っ越し魔”で、生涯に93回もの引っ越しをしたという。
50(歳)の頃から、さまざまな絵を発表したが、
70前のものは、じつに取るに足らないものだった。
73になった頃、鳥獣虫魚の骨格や草木の生まれ出る様子を、
いくらかは悟ることができた。
だから、80になればより向上して、
90になれば、さらにその奥義を極め、
100で、神の技を超えることができるのではないか。
110には、点や線のすべてが生きているが如く描けるだろう。
(NHK『知恵泉』より)