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*マリクロ|電子書籍総合出版社 作家ブログ*
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世の中には、カッコイイ人がいるものだと、あらためて思った。
遅ればせながら、河井寛次郎という人を最近になって初めて知ったからだ。
彼は陶芸家だった。
河井寛次郎
1890年(明治23年)、島根県安来町に生まれる。
1910年、東京高等工業学校(現東京工業大学)窯業科に入学する。
彼には師匠がなく、師弟関係を重んじる陶工の世界では、めずらしく、
学校という機関で陶芸を学んだ、新しい世代の陶工だったという。
その後、京都にあった清水焼陶工の名跡(みょうせき:代々継承される家名)である、
五代目清水六兵衛の窯を譲り受け、制作活動を開始する。
1926年、柳宗悦、濱田庄司に共感し、華麗な作風から一転、
名もない職人が作る生活用品の中に“用の美”を見出す“民藝運動”に深く関る。
晩年は、文化勲章を辞退し、人間国宝、芸術院会員への推挙も辞退し、
無位無冠の陶工として京都での制作活動を行い、
1966年(昭和41)年、76歳の生涯を終えている。
河井寛次郎は詩や書、随筆も書いているが、
この人の言葉が、すごくいい。人間離れしている。
「この世は自分を探しに来たところ、この世は自分を見に来たところ」
「すきなものの中に必ず私はいる」
「過去が咲いている今、未来の蕾(つぼみ)で一杯の今」
「私は習慣から身をねじる、未だ見ぬ私が見たいから」
「鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥」
「驚いている自分に、驚いている自分」
時空を超えて、魂が自由自在に肉体に出入りしているような、
それでいて、しっかり“今”“ここ”にも戻ってきて、
ストンと地に落ち着いている。まったく浮ついていない。
自分を、もう一人の自分がいつも眺めていて、
そんな自分が、何かに驚いている自分を見て、驚いている。
これほど、パラレルな人を他に知らない。
すでに、この時間軸の地球からはいなくなってしまっているが、
パラレルな時空の、いつかどこかで、
ぜひ、お会いしたいと、勝手に思っている。
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