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表現者の流儀 #209 松本明慶

松本明慶(まつもとみょうけい 1945年 京都市生まれ)

大佛師

 

17歳のとき、4歳下の弟を亡くしたのをきっかけに、それから2年間で300体の仏像を彫る。

その後、運慶の流れをくむ野崎宗慶に弟子入り。仏師の道に進んだ。

 

 

写実じゃなくて、写質なんですね。

写実的に作るのは、それ(対象物)があれば作れますけども、この(木に彫った)カエルが何を考えてるのかを彫るのが写質なんですよね。その一段上をいってる。

 

仏様がどんな感情をされて、どうされてるかってのが、ものすごく大事ですね。

 

(不動明王の)人を諭すための怒りとは、どういう怒りなのか。怒るための怒りじゃないんですよね。善意で悟るための怒りなんですね。

だから、強い決意をもって相手をお説教してくれるわけね。いいほうに導いてくれるのが、お不動さんなんですよね、僕の感覚の中では。

やっぱりね、仏さんの持つ本質的なものは何かっていうことになってくると、相手を癒すって心がなかったらね、つまり慈悲を与えなあかんですわね、それをどうしたら一番与えやすいかってですね。

(不動明王は)歯を食いしばってるだけじゃなくて、何のために食いしばってはるのか、だってことですね。

 

 

(木から仏像を彫るときは)いらんところが見えてくるわけです。

みなさん、逆に彫らはるんですよ。彫刻のときにね、鼻を彫らはったら、鼻がなくなるでしょ? ここ(鼻の周りの部分)とってあげたらいいだけです。ここを取ったら鼻が出るでしょ? 別に鼻を彫る必要はないですよね。ここを取ってあげたら、それから鼻になるんでね。

 

何が棲んでるかっていう話なんですよ、木の中に。

木を見たら、大体何になるかってわかってしまう。

だから、「絶対、上手いこと彫ったろ!」と思っても無理なんですね。実力以上のものが出るわけはないんで。

だから、本能なんですね。よく、「先生、何考えて彫ってる?」って言われたら、じつはほとんど勝手に手が動いてるだけですよね。

逆に、ある意味で言うたら、画家に言わせたら「キャンパスを汚してるだけ」やって。

その汚し方が違うから絵に見えるんと一緒で、僕なんか(木を)破壊してるわけですよ、ある意味で言ったら。

でも、そこで「彫ってくれ」って言われるような感覚にはなるんですよ、やっぱり。「ここは、いらん」って(木から)言われるの。

いらんところに対して躊躇はしないんですよね、だから。もう、パパッと取ってしまいますね、迷わない。

 

 

僕の場合はね、もともと嫌いじゃなかったのは事実なんですし、それともうひとつは知ってましたしね、そういうの近所におられたんで、たくさん。職人町に育ったんでね。だから、弟を亡くしたときに、すっと仏像を彫ってましたね。

あと残った家族が、どうして生きるかも大事な道なんですよね。毎日毎日、人を恨んで生きていくのか、死んだ弟が今度は父親、母親、僕らに対して毎日泣いてほしいのか、家族がようなってほしいのか。

母親はやっぱり、ずーっと自分をね…弱い子を作ったという意味で苦しんでましたよね。

逆に、死んだ弟もそれで(自分が仏師になったことで)よろこんでくれたと思いましたね、家族が仲ようなったほうが…うんうん。

 

 

一番最初に彫ってたんは、やっぱり楽しかったです、もっとね、彫ってるほうが。つまり、弟のために彫る、家族のために彫る、自分にために彫る、で。

やっぱり、プロになったらそういうわけにはいかんですね。

仏って何かていったら、自分のために彫るもんでは、じつはないですもんね。これだけ昔から続いてきたもんを、これから自分は師匠から伝統を受け継いで、継いだ以上は伝統を残すっていう義務も生じてきて。

人さんがよろこんでくれはって、手合わせてくれはって、「あっ、これが仏なんやな」っていうことになったんですね。

 

 

若いとき作ったやつはね、今までいるんですけどね、今見たら恥ずかしいですよ。

やっぱり、その方(発注者)たちに育てられたから今ここに(自分が)あるんですよね。だから、(昔彫った仏像を)何体か残してあります、自分のためにね。

やっぱり、30代前半に彫ったものと、今なんかはまったく別人が彫ったみたいになりますよね。でも、その人たちのためにも精一杯やったから、ここまでこれたんやから、それはもう自分で仕方ないと思いますけども。

自分にとってはね、やっぱり最初から上手くなりたいと思ってましたね。そやからこそ今、この歳になってもまだまだ進化しているのは自分で実感はしますね。

(進化とは)中にある、本当の意味での魂ですね。それとね、人が進化させてくれはるんですよ。そやから、自分が恥ずかしくなるようなこともいっぱいありますよ、本当の話。それを、その人たちが教えてくれてるんですね。

 

 

ある展示会で、(見に来た人が)子供が…まぁ自死って言わはったよね。「自死って何ですか?」って言ったら、自殺のことやったんですね。で、「死んで、こんな絵を残したんですよ」って絵を見せられたんですね。パッとみたら、もう死相が出てるんですね、絵にね。見ただけでわかりました、絵に出てましたもんね。

その後、奥さんが言わはったことは、「この(絵の)顔の、似たような仏さんを作ってくれ」っておっしゃったんです。それは、やっぱりお断りしました。お断りした理由も簡単なことで、それをつくってあげると、その奥さんは、それを持って死にます、息子といっしょに、(息子のところに)行きます。

それを今度、ご主人がお礼に来はりました。「あのとき、先生、これを作ってくれてたら、息子のところに家内は行ってた」って。いっぱいあるんです、そういうことは。

やっぱりその中で一番大事なことは、今、現場で生きてる人が…救うのが仏さんの役目なんですよね。

そんなん、いっぱい現場であるし、逆に言ったら、重いもん背負うとき、いっぱいありますよ。もちろん、それもひとつの仕事ですから、売るだけじゃなくて、断るのも仕事ですもんね。

 

 

(大きな仏像を作るときは、まず5分の1サイズを作ってから本番に臨むが)それまでに、ものすごい用意しておくことなんですよ。近いようなものをたくさん作るんですよね、小さい、いろんな作品を…手慣れておくんですよね。

そして、もうひとつは苦労して作るのが大事なんですね。難しいことができたら(次は)いとも簡単に作れるんですよね。

つまり、重たい荷物を平気で持つ人は、今度、もっと重たいやつを持てるようになりますけども、軽いのしか持てへん人は、もう重たいもん持てなくなりますね、そういうことなんです。

だから本当に、努力していかんかったら肉体も衰えるんですね。だから、それが一番大事です。

 

大仏っちゅうのは、そう簡単に注文がくるわけじゃないんで。でも、それを作るスタッフも材料もなかって、くるわけはないですよね。そやから、スタッフと材料をしっかり手に入れておくことが大事なんですよ。

 

 

仏像を作る形がそうなんですけども、基本的には人物の姿を借りてますよね、日本の仏像すべてが。そやから、その人物をまず知っとかんと難しいと思いますね。

倒れかけてるお不動さんがあったら、誰が見てもアンバランスに見えますよね。究極はやっぱり、そのバランスをどう保つかということは、人体力学を知ってないといかんし。

僕らが若いときは、こうやって見るのね、電車に乗ってもね。そしたら、年寄りと若い人の違いとか、見てると耳の位置でしてね、この耳の位置がだんだん前にきますね、年とると。だから、耳の位置をどこにしたら仏が一番よろこぶんかなとか。

初めから決められた寸法があるんです、じつはね、本物が。それを、じつは崩すんですね。それから順番に追っていって、このへんが一番かわいく見えるとか、賢く見えるとかいうことを考えるんですね。

だから、歩いてても仕事のことが離れへんですよね。ということは、それ(本番)までに自分がどんだけ用意できてるかなんですよね。

 

「できない」から入るんじゃなくて、「どうしたらできる」から入っていかなあかんですね。何もいっしょです。「できますから」しか言わない。

で、やって、あとどうしたらできるかちゅうのは自分が考えて、相手に提示しないと無理ですよね。その姿を弟子に見せるの大事やね。

 

やっぱり、人財いいひん限り無理ですね。だって大きなものは持つことすらできませんから。

一番大事なことは、この工房の行く末ですよね。もうこの歳になってきたら、それしかないですよね。いつ、人に任すか、任さないかね。

そんときはたぶん、おそらくですよ、やっぱりもう自分がノミ持てなかったとき、やめると思います。もしくは目が見えなかったときね。それ以外は無理やと思いますね。

 

手の内は全部見せてるわけですよ、展覧会でも、弟子も、どっかの弟子も、お客さんも来はりますし、資料も全部売ってますし、作り方も全部オープンにしてますし、ものすごい研究したことも全部教えてもらってるわけですから。

それに、ちょっとさじ加減でね。たとえば砂糖をちょっと余分に入れたら、ものすごい美味しなったみたいな、ちょっと柚子胡椒入れたら美味しなったみたいなんで(師匠が弟子に)追い越されるわけですから。

それまでは料理の切り方から、材料の買い方からやってきたわけですから、だからやっぱり、それを追い越してもらいたいですね。圧倒的な上手さで、ピューって抜いてもうたら気持ちいいですね。

はようおいで、はようおいでって、子供が歩く、立つみたいなですね。そのうち、はようおいでって言って自分が、コテってこけてしまったら、シャっと飛び出されますから(笑)

 

 

よくあるじゃないですか、努力して天命を待つ、とか。

じつは、努力したら天命は来るんですね、待つんじゃなくて。

たまたまね、弟が(13歳で)死んで、この世界に入ってるんで、それはやっぱり、たまたまです。

本当は、僕は別の世界に行きたかったのは事実なんですよ。でも自分から、授かった仕事と思えば…思えたんはもっと経ってますよ、35、6(歳)のときですよ、「やっと、これで仕事がみつかったな、自分の」と思ったんは。

天命っていうのはね、自分が感じるものじゃないんですよ、もともとは。周りから聞こえてきます。

自分が天職って言ったって、「あんた、なんでそんなに下手くそなのに天職なの?」、「努力してるんだよ!」って言われても…やっぱり天職っていうと、相手がみんな認めることなんですね。

 

NHKSWITCHインタビュー 達人達』より)

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