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表現者の流儀 #197 石内都

石内都(いしうちみやこ 1947327日‐)

写真家

 

1979年、第4回「木村伊兵衛写真賞」を受賞。

代表作に、『APARTMENT』、『1947』、『手・足・肉・体』、『キズアト』、『ひろしま』、『フリーダ 愛と痛み』など。

 

 

じつはちょっと、母とあまり上手くコミュニケーションが取れていなかったんですよね。

で、父が亡くなってから5年間、母は生きてたんですけども、少しずつ確執がなくなりつつある時に死んじゃったの。

これから話をしたいなって思う時に、もういないんですよ、で、困っちゃって。

「どうしよう…」と思った時に母のたんすを開けたら下着がいっぱいあって。

なんか、母の皮膚がいっぱい詰まってるような気がした。

あぁ、それでこれは、やっぱり撮らなきゃいけないなぁと思って。

だから要するに、残されたものと対話をするしかなかった。

 

 

(母の)口紅さんなんて、(もう)腐ってる。

使わないのに、うちの母は、(口紅を)1本も捨てずに。

時間も形になってる。

腐るっていうことは時間がたってね、空気がね、酸化していくってことは、時間の形を撮ってる。

遺品もそうなんですよ、すべて。

ある種、時間の現れとして遺品がある。

だから、表面的には遺品だったり、口紅だったり、シミーズだったりしますけど、私はそれを撮ってるわけではないの。

ただ、形でしか撮れないからね、それを撮ることによってしか…あの…うん、写真撮るの(しか)できないけども、表面じゃないんです私が気にしてるのは。

その向こう側とか、見えないものとかを撮りたいなぁって。

一番、私が撮りたいのは、じつ時間なの。

時間って目に見えないじゃない、つかめないじゃない、匂いもない、五感の中で何もないんですよ。

でも、写真は時間が撮れるかもしれないと思う。

時間の形、過去の形、歴史が形である…故人のね。

その人の、まさに生きてきた時間とか人生とか…みたいなものが写るかもしれないなぁと思って撮り始めた。

 

 

あのね、下着って第二の皮膚っていわれてるの。

だから皮膚にとっても下着にとっても一番接近してる部分なんで、もう着る人がいない下着たちってのは皮膚、母の皮膚そのもの。

(この写真集を見た)男性がね、開けて、パタッと締めちゃうんです。

要するに、「母親の女性性を見たくない」って言った男がいた。

やっぱり、母を女として見るって、それもある種のタブーなんだ(笑)

でも、そうじゃん、女じゃん(笑)

母親と女は違う、なんてことはないの。

 

 

自分の…なんだろな、今まで解決できない、いろんなわだかまりとか、こだわりとか、そういうものを表に出したかった。

写真を撮ることによって、なんかそう…表に出るんじゃないかなと思った。

それが初めての個展の『横須賀ストーリー』で、それでやめようと思った、写真を。

だって、自分で気持ちを表に出しちゃったから、「まぁ、これでいいか」と思ってたら、その個展の会場に来てた人がね、「次、何撮るの?」とかって訊いて、それで私も「今度、アパート撮ります」とかって言っちゃった。

私は実際、横須賀時代は6畳一間に(家族)4人、住んでたんですよ。

そういうつらい、嫌な思い出を表に出す、みたいなのが次の『アパートメント』っていう6畳一間と4畳半一間とか、そういう安普請のアパートを撮ったので木村伊兵衛賞をもらった。

で、びっくりしちゃってさ(笑)そんなつもりじゃなかったのに。

そして、アパートを撮り始めたら、なんと、小さな部屋がいっぱいあるでしょ、安いでしょ、それが元赤線の部屋だったりするのよ。

で、「ハッ」と気がついて、自分の女性性も含めてね、赤線の空間をやっぱ見なきゃいけないなと思って、それで3作目の『連夜の街』ってのができた。

で、それが初期の三部作。

もう、本当に自分を出し切っちゃたみたいなところがある(笑)

でも、やたら仕事が来たんですよ、まぁ海外も行ったり、いろんなことでやったんですけど、おもしろくない…撮っててつまんない。

「何でわざわざ、私がこんなアメリカまで出かけて行って写真を撮んなきゃいけないの? 何で私がこれも撮んなきゃいけないの?」って、だから「もっと楽しくて、上手い人はいっぱいいるだろ?」と、こういう仕事はそういう人が撮ればいいんだって。

 

写真は自分のためだけに撮ろうと思って。

だから仕事も25年くらい、私は全部断ってたの。一切やらない。

「自分写真しか撮らない」って25年撮んなかったの(笑)数えたら。

で、ずーっともう写真撮らなくて、「どうしようかな」って思ったら40(歳)になっちゃった。

「えっ、40?」みたいな、「えっ、40って何だろう?」って(笑)

まさか40歳まで生きてるとは思わなかったから。

それで、「40年間の時間は一体どこにあるんだろう?」って思ったのが『1・9・4・7』の手と足(の写真)。

40年間の時間は、手と足にあるんじゃないかなと思ったのが『1・9・4・7』。

で、50人の同い年の女性に出会って、それからどんどん変わってきたよね。

だから、結局その…初期は風景とか建物を撮ってますよね、それが急に身体にいっちゃったから、見る人はびっくりするわけだよ、「何でこんなに石内都は変わっちゃったんだ」と(笑)

でも基本的なものは、私がなんか、「写真っていうのは、こうかな」という基本は、あまり変わってないんですよ。

その…うーん、なんだろな、自分の過去とか時間とかね、そういうもののひとつの象徴として表現ってのはあると思ってたから、だから逆に手と足に出会った時、すごいうれしかった、一人ひとりみんな違うの。

ホントにね、手と足を撮って一番びっくりしたのは、足の裏。

だって、普段見ないよね、自分の足の裏だって見てないんだよ。

ていうことは、足の裏って本当に女性の場合は大きくてもさ、24センチとかさ、まぁ25センチあるかな、こんなものなのに全部人生抱えて歩いてる、「この、けなげな足の裏」みたいな(笑)

もう、すっごいうれしかった、足の裏に出会った時。

 

 

身体を撮り始めたの…もともと手と足を撮ってたの、手と足。

それは女性だけで、同い年の。

今度は男の手と足を撮ろうかなと思って、同い年の。

で、一応撮り始めたら、つまんないの、男の手って…全然おもしろくも、おかしくもなくって。

で、やめて、じゃあ、せっかくだから裸になってもらおうと。

その(被写体の)彼は、「おぅ、いいよ」って言って、“ひょっ“と脱いでくれたの。

そうしたら傷があったんですよ、すごく大きな。

で、「どうしたの?」って訊いたら、「赤ちゃんの時の傷で」って、彼はすごくこう…なんか、すごくなつかしそうに、ある種の物語みたいなね、ことをずっと話してくれて。

「あぁそうか、傷痕ってこういうふうに語ることなのかな」って思って。

そうすると、男の人、傷が多い、で、隠さない。

みんな…物語がみんな違う。

「あぁそうか、傷痕って古い写真に近いな」と。

古い写真は、だって思い出じゃない? ね、メモリーじゃない? 記憶じゃない?

だから、傷痕を撮ることによって、何かそういう過去の時間と出会うみたいな。

 

 

(幼い頃に負った火傷のあとを持つ2007年に撮影した女性について)

まぁ裸っていうか、脱いでもらって、本当に感動しちゃってね、“傷痕の女神”だと思って。

“天女の衣”みたいな感じ、天から衣が降りてきて、ヒュッとこうね、脚にかかったような、そんな感じがしたの。

私は美しいものしか写真撮らないから、シャッター押せない、汚いものなんて。

だから、やっぱすごい感動するわけ、「あぁ、美しいな」って。

だから、きれいに撮ってあげようと思うし、きれいだけじゃないな…単なる傷痕の写真じゃありませんっていうものを撮るわけですよね。

それはだから、あたしのスタンスなんだと思う。

この形っていうのが、なんかすごく愛おしい…っていう感じも含めて、目の前にある傷たち、受けた女性たちの身体、それも含めて、なんかやっぱり生きてるのって愛おしいよねみたいな、そういう感覚があるんですよ。

だから、やっぱりそれは写真に写るのかなと。

観る人がそういうのを感じてくれるのかなとは思うんですけど。

 

 

(フリーダ・カーロの遺品撮影では)

私は、フリーダの日常とつき合ってきた。

誰も(今では)日常を見ることはできないけど、でも遺品たちが残ってるっていうのは彼女が生活していたその日常が、形であったの。

現像所で涙が出ちゃった、自分の写真を見て。

「フリーダがちゃんと撮らせてくれたんだね」みたいな感じがすごくあって。

樹の木漏れ日がね、スッと入ってたりね。

だから、感情が写る、感覚が写っちゃうわけね、特にフィルムの場合は。

ある種、念写みたいなもの、「写っててね」みたいな(笑)

そうすると、思わぬものがやっぱり写ってるわけ、自分が想像してないものがちゃんと写ってたりするから、その時の気持ちとか、その時の雰囲気とか、フリーダのおうちで撮ってるから、フリーダが…なんだろな、いた時の何かが写し込む、みたいな感じがあるんじゃないかなと勝手に思ってます。

 

 

写真の場合って瞬間だから、瞬間だからこそなんか、とんでもなく永遠が写ったりする。

だから、それがすごい写真のおもしろさで、だから、とんでもないものが凝縮されたある一瞬に写ってしまうのが写真なんだと思ってる。

 

NHKSWITCHインタビュー 達人達』より)

 

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