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表現者の流儀 #202 ジェームス・ダグラス・リンド

ジェームス・ダグラス・リンド(1985219日‐)

カーリングコーチ

 

カナダでトップレベルのカーリング選手として活躍した後、2007年にジュニアチームのヘッドコーチとして世界ジュニア選手権を制覇。

その後、中国男子代表チームのコーチなどを経て、20137月に来日し、北海道女子カーリングアカデミーのヘッドコーチに就任。

2018年平昌オリンピックで、日本代表チームのヘッドコーチとして「LS北見」を銅メダルに導く。

 

 

2017年末、弱気になったチームのメンバーに喝を入れた時の言葉。

 

 

私はキミたちを信じているのに、キミたちは自分を信じていない。

 

(日刊スポーツより)

 

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at 23:14, maricro15, -

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表現者の流儀 #201 内村航平

内村航平(うちむらこうへい 198913日‐)

体操競技選手

 

2012年ロンドンオリンピック、2016年リオオリンピックでは個人総合で金メダルを獲得。

世界体操選手権では、世界最多の6連覇を達成。

 

 

どうしても、オリンピックっていうのは特別ですね。

いつもと違う力が働いたりしてしまうので、やはりそこは見てる人たちにも伝わると思うんですけど、自分がやっててもその難しさをすごく感じてるし、3回出場してても、やっぱりオリンピックっていうものは特別なものだし、どうしても合わせるのが難しい大会。

 

(オリンピックにいるといわれる魔物というのは)結局それも自分で作り出してるものなのかなっていうか。

 

どれだけ特別感を出さずにできるかっていうところが一番…まぁ、この金メダルを獲るのが…そういう強さが必要なんじゃないかなと。

 

体操は特に普段と違うことをやってしまうと、いいパフォーマンスにつながらないんですよ。

それは競技だけじゃなくて私生活もやっぱり、いつも同じ時間に起きたりとか、そういうところもいつも通りにしていくことで毎試合同じパフォーマンスができるっていうところだと思うんで、そこはすごく気をつけてますね。

 

 

やっぱり着地ですよね。

誰が見ても、終わりってわかるじゃないですか。

そこで止めた瞬間、“わぁ”って盛り上がるじゃないですか。

自分もすごく気持ちいいし、見てる人たちも“わぁ”ってなってくれるっていう。

あの着地ひとつで一体感が生まれる、感動が生まれるっていうところが、やっぱり有終の美って一番そこが合うのかなっていう…着地はいつも心がけてますね。

 

NHKSWITCHインタビュー 達人達』より)

 

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at 21:43, maricro15, -

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表現者の流儀 #200 水谷隼

水谷(みずたにじゅん 198969日‐)

プロ卓球選手

 

14歳でドイツに渡り、「ブンデスリーグ」に挑戦した頃、当時の全日本卓球男子代表監督・宮義仁氏に送ったレポートに、「ドイツに来て、親も捨てたし、友達も捨てたし、僕にはもう卓球しか残っていない。ここで僕が卓球を失敗したら、僕の人生は終わってしまう。だから僕は卓球だけは失敗できません」と書いた頃の心境などについてのコメント。

 

 

14歳の時に、ドイツの「ブンデスリーグ」に挑戦してます。

もし自分が、このまま家にいたら、才能が死んじゃうなぁと思って。

(自分は)卓球の才能は、めちゃくちゃあるなと思ったんですよ。

 

つらかったですね。

当時は14歳で(ドイツに)行って…5年間行ってたんですよね。

14歳って、日本でいえば義務教育じゃないですか。

それこそ、入学式から修学旅行、卒業式、文化祭とかいろいろありますけど、ひとつも出たことないですね。

「どうしたらいいんだろうな」って。

もし卓球をやめて日本に帰ってきたら、何をして生きていけばいいんだろうっていうふうに思いましたね。

 

 

好きなものは、1位 家族、2位 自由、3位 お金。

 

NHK『グッと!スポーツ』より)

 

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at 11:09, maricro15, -

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表現者の流儀 #199 CHARA

CHARA(ちゃら 1968113日‐)

ミュージシャン、女優、音楽プロデューサー

 

代表作に、『あたしなんで抱きしめたいんだろう?』、『やさしい気持ち』、『タイムマシーン』、『Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜』など。

 

 

なんか、大人になったらやっちゃいけないこととか多いじゃないですか。

でも、たまたま私は夢のシンガーソングライターというか、音楽を仕事にできているので、やっちゃいけないことというか、自分の感情を……特に“一筆書き”を大事にしてるタイプだから、人が気づかないような…なんでしょうね、繊細なこととかも掘り出したいわけなんですよね。

「こんなものいいよ、我慢すれば」みたいなものを我慢しなくていい…我慢というか、ストレスみたいな、世の中に多いじゃないですか、今。

それを代わりに掘って、メロディとかに変えて、心の木に飾るみたいなことをする仕事だから。

 

 

記憶にあるのが…音楽教室に行ってたんですけど、作曲とかする…それで先生が弾いて、伴奏して、みんながお歌を歌うんですけど、先生の見てて「あれ弾ける」と思ったみたいで、「先生、代わりに弾いていいですか?」って言って、終わりの会の「さよならの歌」を伴奏した時です、まだ今でも覚えてるんですけど、みんながすごい一生懸命歌うのが、(自分が)役にたってるのがうれしくて、役割が…これ(ピアノ)が助けてくれるみたいなのが、ちょっと小っちゃいながらに思ってて。

 

でも、泣き虫だったみたいで…「チャラ」ってニックネームは(小学)3年生の頃についたんですけど、やっぱり授業中、同じように空想とか、外見てるような子供だったみたいで、先生が注意した時に、「おっ、チャラ、チャラ」って最初に言ったのがきっかけで。

泣いてたけど、すぐ次に瞬間、次のものに一生懸命取り組む様子を「しゃらっと」って、なんかこっちの、東京の言葉であって。

忘れてたんですけど、私が『笑っていいとも』に出た時に、面倒くさいから「チャラチャラしてるからCharaですか?」とか言われて、「まぁ、そんな感じで〜」って言ったら、先生から手紙来ちゃって、「違うわよ!」みたいな、「違う、全然真逆!」みたいな手紙が来て、よしこ先生から。

「そうなんですよ、すみません」と思って。

「あなたの(ニックネームの)意味は“しゃらっと”から来てるのよ」っていって。

わりと違う意味なんで…まぁ、それは今も似てるかなと思いますけどね。

 

 

離婚した後から、コンセプトを「自分は音楽と結婚したんだ、Chara」みたいな感じの…寂しげですみません(笑)、なんとなく、そういうコンセプト、コンセプチュアルなの好きなので。

だけどまぁ、進化はしてく(と思う)。

声もね変わってくし、やっぱり年取っていくから、出なかったところが出たり、出たところが出なくなったりとか、いろいろバランスが変わっていくので。

なんだろ…でもまぁ、自分の老いとかをちゃんと受け入れて進化していきたいと思っていて。

 

 

なんか…今って、たとえば写真ひとつでもキレイにできる、あとコンピュータでも、たとえば歌の修正もすごいできちゃうけど、やりすぎたくないよね…なんかそういうのが自分にはあって、作りは昔のアナログの頃ってさ、みんな「せーの!」でしかできない時代、「テイクがよかったら、いいじゃん!」みたいなのをやっいてきたいと思いますけどね。

 

NHKSWITCHインタビュー 達人達』より)

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at 12:48, maricro15, -

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表現者の流儀 #198 若竹千佐子

若竹千佐子(わかたけちさこ 1954年‐)

専業主婦、小説家

 

処女小説『おらおらでひとりいぐも』で、第54回文藝賞を歴代最年長で受賞。

 

 

子どもの頃から小説を書くと思っていた。

テーマが見つかるのに63年という時間が必要だった。

小説の神様は気長に待ってくれた。

焦らず、手応えのある言葉で書いていきたい。

心の探索と社会への目線を忘れず、小説、なまけないで頑張ります。

 

(『ブック・アサヒ・コム』より)

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at 00:37, maricro15, -

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表現者の流儀 #197 石内都

石内都(いしうちみやこ 1947327日‐)

写真家

 

1979年、第4回「木村伊兵衛写真賞」を受賞。

代表作に、『APARTMENT』、『1947』、『手・足・肉・体』、『キズアト』、『ひろしま』、『フリーダ 愛と痛み』など。

 

 

じつはちょっと、母とあまり上手くコミュニケーションが取れていなかったんですよね。

で、父が亡くなってから5年間、母は生きてたんですけども、少しずつ確執がなくなりつつある時に死んじゃったの。

これから話をしたいなって思う時に、もういないんですよ、で、困っちゃって。

「どうしよう…」と思った時に母のたんすを開けたら下着がいっぱいあって。

なんか、母の皮膚がいっぱい詰まってるような気がした。

あぁ、それでこれは、やっぱり撮らなきゃいけないなぁと思って。

だから要するに、残されたものと対話をするしかなかった。

 

 

(母の)口紅さんなんて、(もう)腐ってる。

使わないのに、うちの母は、(口紅を)1本も捨てずに。

時間も形になってる。

腐るっていうことは時間がたってね、空気がね、酸化していくってことは、時間の形を撮ってる。

遺品もそうなんですよ、すべて。

ある種、時間の現れとして遺品がある。

だから、表面的には遺品だったり、口紅だったり、シミーズだったりしますけど、私はそれを撮ってるわけではないの。

ただ、形でしか撮れないからね、それを撮ることによってしか…あの…うん、写真撮るの(しか)できないけども、表面じゃないんです私が気にしてるのは。

その向こう側とか、見えないものとかを撮りたいなぁって。

一番、私が撮りたいのは、じつ時間なの。

時間って目に見えないじゃない、つかめないじゃない、匂いもない、五感の中で何もないんですよ。

でも、写真は時間が撮れるかもしれないと思う。

時間の形、過去の形、歴史が形である…故人のね。

その人の、まさに生きてきた時間とか人生とか…みたいなものが写るかもしれないなぁと思って撮り始めた。

 

 

あのね、下着って第二の皮膚っていわれてるの。

だから皮膚にとっても下着にとっても一番接近してる部分なんで、もう着る人がいない下着たちってのは皮膚、母の皮膚そのもの。

(この写真集を見た)男性がね、開けて、パタッと締めちゃうんです。

要するに、「母親の女性性を見たくない」って言った男がいた。

やっぱり、母を女として見るって、それもある種のタブーなんだ(笑)

でも、そうじゃん、女じゃん(笑)

母親と女は違う、なんてことはないの。

 

 

自分の…なんだろな、今まで解決できない、いろんなわだかまりとか、こだわりとか、そういうものを表に出したかった。

写真を撮ることによって、なんかそう…表に出るんじゃないかなと思った。

それが初めての個展の『横須賀ストーリー』で、それでやめようと思った、写真を。

だって、自分で気持ちを表に出しちゃったから、「まぁ、これでいいか」と思ってたら、その個展の会場に来てた人がね、「次、何撮るの?」とかって訊いて、それで私も「今度、アパート撮ります」とかって言っちゃった。

私は実際、横須賀時代は6畳一間に(家族)4人、住んでたんですよ。

そういうつらい、嫌な思い出を表に出す、みたいなのが次の『アパートメント』っていう6畳一間と4畳半一間とか、そういう安普請のアパートを撮ったので木村伊兵衛賞をもらった。

で、びっくりしちゃってさ(笑)そんなつもりじゃなかったのに。

そして、アパートを撮り始めたら、なんと、小さな部屋がいっぱいあるでしょ、安いでしょ、それが元赤線の部屋だったりするのよ。

で、「ハッ」と気がついて、自分の女性性も含めてね、赤線の空間をやっぱ見なきゃいけないなと思って、それで3作目の『連夜の街』ってのができた。

で、それが初期の三部作。

もう、本当に自分を出し切っちゃたみたいなところがある(笑)

でも、やたら仕事が来たんですよ、まぁ海外も行ったり、いろんなことでやったんですけど、おもしろくない…撮っててつまんない。

「何でわざわざ、私がこんなアメリカまで出かけて行って写真を撮んなきゃいけないの? 何で私がこれも撮んなきゃいけないの?」って、だから「もっと楽しくて、上手い人はいっぱいいるだろ?」と、こういう仕事はそういう人が撮ればいいんだって。

 

写真は自分のためだけに撮ろうと思って。

だから仕事も25年くらい、私は全部断ってたの。一切やらない。

「自分写真しか撮らない」って25年撮んなかったの(笑)数えたら。

で、ずーっともう写真撮らなくて、「どうしようかな」って思ったら40(歳)になっちゃった。

「えっ、40?」みたいな、「えっ、40って何だろう?」って(笑)

まさか40歳まで生きてるとは思わなかったから。

それで、「40年間の時間は一体どこにあるんだろう?」って思ったのが『1・9・4・7』の手と足(の写真)。

40年間の時間は、手と足にあるんじゃないかなと思ったのが『1・9・4・7』。

で、50人の同い年の女性に出会って、それからどんどん変わってきたよね。

だから、結局その…初期は風景とか建物を撮ってますよね、それが急に身体にいっちゃったから、見る人はびっくりするわけだよ、「何でこんなに石内都は変わっちゃったんだ」と(笑)

でも基本的なものは、私がなんか、「写真っていうのは、こうかな」という基本は、あまり変わってないんですよ。

その…うーん、なんだろな、自分の過去とか時間とかね、そういうもののひとつの象徴として表現ってのはあると思ってたから、だから逆に手と足に出会った時、すごいうれしかった、一人ひとりみんな違うの。

ホントにね、手と足を撮って一番びっくりしたのは、足の裏。

だって、普段見ないよね、自分の足の裏だって見てないんだよ。

ていうことは、足の裏って本当に女性の場合は大きくてもさ、24センチとかさ、まぁ25センチあるかな、こんなものなのに全部人生抱えて歩いてる、「この、けなげな足の裏」みたいな(笑)

もう、すっごいうれしかった、足の裏に出会った時。

 

 

身体を撮り始めたの…もともと手と足を撮ってたの、手と足。

それは女性だけで、同い年の。

今度は男の手と足を撮ろうかなと思って、同い年の。

で、一応撮り始めたら、つまんないの、男の手って…全然おもしろくも、おかしくもなくって。

で、やめて、じゃあ、せっかくだから裸になってもらおうと。

その(被写体の)彼は、「おぅ、いいよ」って言って、“ひょっ“と脱いでくれたの。

そうしたら傷があったんですよ、すごく大きな。

で、「どうしたの?」って訊いたら、「赤ちゃんの時の傷で」って、彼はすごくこう…なんか、すごくなつかしそうに、ある種の物語みたいなね、ことをずっと話してくれて。

「あぁそうか、傷痕ってこういうふうに語ることなのかな」って思って。

そうすると、男の人、傷が多い、で、隠さない。

みんな…物語がみんな違う。

「あぁそうか、傷痕って古い写真に近いな」と。

古い写真は、だって思い出じゃない? ね、メモリーじゃない? 記憶じゃない?

だから、傷痕を撮ることによって、何かそういう過去の時間と出会うみたいな。

 

 

(幼い頃に負った火傷のあとを持つ2007年に撮影した女性について)

まぁ裸っていうか、脱いでもらって、本当に感動しちゃってね、“傷痕の女神”だと思って。

“天女の衣”みたいな感じ、天から衣が降りてきて、ヒュッとこうね、脚にかかったような、そんな感じがしたの。

私は美しいものしか写真撮らないから、シャッター押せない、汚いものなんて。

だから、やっぱすごい感動するわけ、「あぁ、美しいな」って。

だから、きれいに撮ってあげようと思うし、きれいだけじゃないな…単なる傷痕の写真じゃありませんっていうものを撮るわけですよね。

それはだから、あたしのスタンスなんだと思う。

この形っていうのが、なんかすごく愛おしい…っていう感じも含めて、目の前にある傷たち、受けた女性たちの身体、それも含めて、なんかやっぱり生きてるのって愛おしいよねみたいな、そういう感覚があるんですよ。

だから、やっぱりそれは写真に写るのかなと。

観る人がそういうのを感じてくれるのかなとは思うんですけど。

 

 

(フリーダ・カーロの遺品撮影では)

私は、フリーダの日常とつき合ってきた。

誰も(今では)日常を見ることはできないけど、でも遺品たちが残ってるっていうのは彼女が生活していたその日常が、形であったの。

現像所で涙が出ちゃった、自分の写真を見て。

「フリーダがちゃんと撮らせてくれたんだね」みたいな感じがすごくあって。

樹の木漏れ日がね、スッと入ってたりね。

だから、感情が写る、感覚が写っちゃうわけね、特にフィルムの場合は。

ある種、念写みたいなもの、「写っててね」みたいな(笑)

そうすると、思わぬものがやっぱり写ってるわけ、自分が想像してないものがちゃんと写ってたりするから、その時の気持ちとか、その時の雰囲気とか、フリーダのおうちで撮ってるから、フリーダが…なんだろな、いた時の何かが写し込む、みたいな感じがあるんじゃないかなと勝手に思ってます。

 

 

写真の場合って瞬間だから、瞬間だからこそなんか、とんでもなく永遠が写ったりする。

だから、それがすごい写真のおもしろさで、だから、とんでもないものが凝縮されたある一瞬に写ってしまうのが写真なんだと思ってる。

 

NHKSWITCHインタビュー 達人達』より)

 

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at 00:07, maricro15, -

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表現者の流儀 #196 満島ひかり

満島ひかり(みつしまひかり 19851130日‐)

女優

 

 

(両親から受け継いだことは)何にも枠を作らないことですかね。

年が上の人と赤ちゃんにも境界線を作らないとか、男の人と女の人の間にも作らないとか、あと人種もないって、全部ない、ない、ないで育っているところはあるかもしれないですねぇ。

 

 

(役者を目指したきっかけは)探偵ものの小説とか、江戸川乱歩とかシャーロック・ホームズとか、そういうのが本当に好きで。

この人たち…ちょっと変わった奇人変人の人たちとは話ができる気がするとか(笑)ずーっと思っていて。

「お父さんとお母さんには私の本当のことなんて絶対に伝わっていないんだ」とか、「あの人たちは、私がお風呂に入っている間に仮面を剥ぎ取った地底人なのかもしれない」とか、なんかもう、みんなを信じてるけど、みんなを疑って生きてる子供だったんです。

何か…なんとなく小学生の時に、たまたま『モスラ2』という映画に出る機会があって、観にお母さんといっしょに行った時に、スクリーンで観た自分の顔を見て、「あっ、これなら、お母さんはわかってくれる」って、なんか思ったんですね。

私は普段、彼女には何も説明できないし、誤解されてる気がするけど、「私が全部映ってる」と思って、それがきっかけです。

「この仕事だ、これだ」って思って。

そこにいたスタッフの大人たちも奇人変人というのはなんですけれど(笑)、すごく楽しそうで、遊んでるように見えたんですね、お仕事じゃなくて、自分が好きなことを遊んでるように見えて。

声をかけても、ユーモラスなことが返ってくるし、他の大人たちとはまた、ちょっと違う…押さえつけられない、同等に見てくれてる感じがして。

境界線のない場所を見つけたって感じでした。

 

 

私は、どちらかというと“のろま”で、ちょっと想像力が激しすぎて、いい意味で(笑)少し変わっていて、本とかも好きになった本は、何冊も読むんじゃなくて、ひとつの本を何回も何回も読んだりとか、音楽もひとつのCDを100回くらい…自分に自然に馴染んでくるものがやっぱり好きで、音楽なんかも空気中に散らばしながら聴くんですよ。”音楽を聴く”っていうんじゃなくて、他のことしながら何百回もかけてるうちに、そのリズムと生活のリズムがいっしょになって気持ちがよくなってくるとか。

 

今も、セリフの覚え方なんかが、そういうのに影響していて。

1回(台本を)見て、(セリフを)覚えないで、覚えないうちに感情だけ取って蓋閉めて、街を歩いたりとか、自転車に乗ったりとかしながら、自分の中に初めて読んだ時の感覚を、いろんな空気に触れさせながら叩き込んでく作業をして、それから後でまた台本を読んで、「あっ、違った」とか思うともう1回。

だから、決まったことを覚える作業からじゃなくて、自分がなんとなく感じたことを散らばして、後から固定するっていう作業が…。

 

(演じる前の準備では)私は、文章で残っていることとか、映像で残っていることとか、本人にインタビューしてわかり得ることは、できるだけ多く取材します、するタイプです、時間の許す限り。

あとは、場所があったら現地に行って、現地で何も考えないで暮らしてみるとか、しばらく。

自分が目的のために行動することをやめます。

この人を演じるから、この勉強をしようというんじゃなくて、まるで自分が、そのことが生きることに必要かのように、そこの場所で暮らして感じ取る。

机の上だけでは見えてこないことを触れながらやってみるっていうのは、なんかちょっと一瞬、仕事のことは忘れて準備をするっていう時間もありますね。

共鳴する感覚、ここに他の人がいたら、その人とともに行動する、この人と同じようなレベルでものを見たりとか、同じ視線に立ってみるっていうことを繰り返すことっていうか。

 

どこにいてもわりと…「あっ、こいつ一緒だな」って思うと話してくれることとか、それは人間だけじゃなくて自然環境もそうですけど。

私は、俳優さんの仕事はペテン師だとは思ってますけど、詐欺師だとかペテン師の仕事かもしれないけど、うそだけはつきたくないって思って、ずっと。

自分の感情の中から、うそが生まれてくるのだけは嫌だって、なんかおもしろく遊べることだったらいいけど…そういう役者なので大変面倒くさがられたりもするんですけど(笑)

「もうちょっと想像力働かせろよ」って言われたりすることもあるけど、そんな中で“奇跡の瞬間”に立ち会うんですよ、たくさん、もう説明のできないような、考えもつかないような事柄が目の前で起きるっていうか。

自分が今、何をやっているかもだんだんわからなくなってきて、みんな仕事中にあると思いますけど、ちょっと“レム睡眠状態”っていうか、あまりにも集中しすぎていて、だからこそ自由で、もうレム睡眠状態になってて、自分が誰か? ここに存在するものが何か? とか、もうもう関係ないみたいな。

空間の中に“ファー”って、宇宙空間に泳いでいるような気分になることが多々ありますね。

 

みんな、どういう仕事の仕方してるのかわかりませんけど、私は積み上げていくっていうのは私の中にはないんですね、1個1個積み上げていくって感覚がなくて、上に成長していくっていうのがなくて、もうぐるぐる回りながら成長していくっていうのがあるので、今、これを学んでから次のステップというわけじゃなくて、「これを学んだけど、待てよ、後ろを振り返ったら、また違うのがあった」っていう感じで。

何か違うものがあるんじゃないか? 違うものがあるんじゃないか? って思うので、ずーっとどこかで、いわゆる素人的な感覚が抜けなくて、「そろそろ、ちゃんとプロフェッショナルにならなきゃな」ってのは持っていますけど。

 

 

(3万年前の人間を演じるとしたら)今とは残ってるものがガラッと違うでしょうし、いわゆる沖縄とか奄美大島で受け継がれているユタさんとかノロさんっていわれている神が降りてくる文化は、またもうちょっと近年のものかもしれないですけど、とりあえず、知ってる人全員に「3万年前ってどうだったの?」って、まずインタビューしに行って、誰かがヒントをくれるかもしれないし、あと現地に生きている子供たちっていうのは、その場所、その土地から生まれてきたばっかりの子って謎のことを言うような気がするから、そういう子たちにヒントをもらいに行ったりとか。

とにかく、その土地に根付いてきた人たちの声が一番なので、私は触ると思います、手をつなぐこと…おばあさんと「手を5分間つながせてください」っていって、よく。

なんとなく、解明できないものが体に入ってきて、いいことが思いつくんじゃないかとか。

 

 

私ずっと、考古学とか、そういう人類のこと調べてる人は絶対、役者さんと同じ感覚だと思うので、仕事がなくなったらそういうのの助手とかになろうって、ずっと思ってて。

 

NHKSWITCHインタビュー 達人達』より)

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at 14:26, maricro15, -

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表現者の流儀 #195 一青窈

一青窈(ひととよう 1976920日‐)

歌手、作詞家

 

代表作に、『もらい泣き』、『ハナミズキ』など。

 

 

ある種のイタコ感がないと(詞は)書けないなぁと思います。

あんまり自分の思い出だとかを書くよりかは、まあ、クラスでいったら膝抱えて泣いてる子みたいな、声にならない、言えない人たちの何かを引き上げて、代わりに言葉に直してスピークアウトすることで、同じ気持ちで膝抱えている人たちが共鳴してくれたらいいなぁと思って書いてるんで。

 

NHKSWITCHインタビュー 達人達』より)

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表現者の流儀 #194 宇多田ヒカル

宇多田ヒカル(うただひかる 1983119日‐)

シンガーソングライター

 

 

(子供の頃は)あんまり積極的に歌を身につけようとか、覚えようとかっていう意識はなかったですね。

私がただ覚えてるのは、(11歳くらいの時に)「自分で作ってみたら」って言われて、「わかった」って言って、じゃあどうしたら曲って作れるんだろうってとこから考えて。

自分がただ好きで聴いていた、その時に聴いてた曲を2、3曲聴いて、まず構成から、「あっ、なるほど、イントロが8小節だな。で、まずメロディのパターンがひとつ、これAメロってやつか」って感じで。

 

 

なんか、言い切るって結局、否定なんですよね、そうじゃないものを否定してるじゃないですか、たぶんそれがすごく嫌で。

否定も肯定もしないっていうとこ目指して、人と接する時も、自分の考えをまとめる時とか、まぁ作詞する時とか、それ私はすごく大事です。

 

 

私もバス、すごい好きですね。

景色が流れていってる状態って、すごく作詞とかしやすいんですよね。

「よし、じゃあ仕事しよう!」って思ったらバスに乗ったりするんですよね。

タクシーとか乗っちゃったら高いじゃないですか、乗り回したら。

でも、一番は歩くのが好きです。

歩ける距離なら歩いちゃいます。

歩くっていうのが一番、アイデア出てきます。

 

 

テレビとか、周りで会う人とか、お店の店員さんとの会話とか、日常的にものすごい量の言葉にさらされるじゃないですか、東京にいたら日本語すごくいっぱい聞くし、見るし。

で、そのほとんどがあまり…あんまり意味のないものだったり、ほんと、コミュニケーションツールみたいな。

そういうのが全部なくなって、たぶん唯一入ってくる日本語が小説とか、時代的に全然ずれてるような過去の作品とかばっかり読んでたんで。

「久しぶりに、日本語の何か読みたい」と思って、パッて読んだのがそれで、すごく刺激的だったんですね、「あっ、日本語ってこんなに美しいんだ」とか。

それはでも前からわかってたけど、なんか忘れてたとか。

こういう方向を目指したいというか、目指さなきゃ意味ないって思って、「揺れる若葉に手を伸ばし」とか、ちょっと和を感じるような、大和言葉みたいな、そういう方向に行きたいなって思いましたね。

 

(フジテレビ『Love music』より)

 

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at 21:05, maricro15, -

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表現者の流儀 #193 宇多田ヒカル

宇多田ヒカル(うただひかる 1983119日‐)

シンガーソングライター

 

 

自らが親になったことと、2016年の音楽活動の再開についての発言。

 

もし、母が亡くなった後に妊娠していなかったら、今もし子供がいなかったら、たぶんアルバム『Fantome』を作ったり、仕事始めようと思えてないと思います。

 

自分が親になると、「おもしろいな」って思ったのは、自分の子供を見てて、生まれて最初の体験ですとか経験で、一番人格の基礎となるものとか世界観とか形作られていく、形成されていくわけじゃないですか。

なのに、その時期のこと、自分、完全に忘れてるって凄くないですか?

つまり、すべて無意識の中にある、闇の中にあるみたいな。

で、それをみんな抱えて生きてて、そこからいろんな不安とか悩みとか苦しみが出てくると思うんですよね。

「なぜ私はこうなんだ?」、「なんで、こんなことをしてしまうんだ?」とか。

自分が親になって自分の子供を見てると、最初の自分の空白の2、3年が見えてくるっていう。

「あぁ、私こんなんだったんだな」って、こんなことを親にしてもらって、たぶん、こんなことをしてて、こんな顔しててとか、というのが見えて。

これって結局、親に対する感謝ですとか、自分がどこにいるのか、「ふわっ」て見えた瞬間っていう感じで。

ずっと苦しんでいた理由みたいな…闇の…「わからない」っていう苦しみ、「なんで、こうなんだ?」っていう苦しみが「ふわっ」てなくなった気がして、それこそいろんなものが腑に落ちるというか。

 

 

もう、率直でないことが不謹慎っていうか、もう責任もって率直に、とにかくそこを目指して、がんばります。

自分に対して率直であるってことが難しかったですね。

やっぱ誰にも、「もっと率直になれ」とか、「もっと自分と向き合え」なんて、誰にも言われないじゃないですか。

別に私、歌詞のことも誰にも言われないし、でも自分と自分のやり取りでしかないんですけど。

まぁ作詞すると何かしら…そうですね、「こういうテーマになってきてる」って思うと、「私はそれをどう思ってるんだ?」、「どう感じてるんだ?」、「なぜだ?」みたいなことをどんどん…「どうしたいんだ?」、「何が言いたいんだ?」っていうのを、どんどん自分で突っ込んでいかないきゃいけないんですけど、それが今までで一番、本当…突き抜けるくらいそれを自分で求めて。

難しかったですけど、とても…あの…自分で答えられたなって思ってます。

 

NHKSONGS』より)

 

 

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